【私訳 大悟】 その5(終)
“京兆米胡和尚、令僧問仰山、今時人、還假悟否。仰山云、悟即不無、争奈落第二頭何。僧廻擧似米胡。胡深肯之。いはくの今時は、人人の而今なり。令我念過去未来現在いく千萬なりとも、今時なり、而今なり。人の分上は、かならず今時なり。あるいは眼睛を今時とせるあり、あるいは鼻孔を今時とせるあり。
還假悟否。この道をしづかに參究して、胸襟にも換却すべし、頂𩕳にも換却すべし。近日大宋國禿子等いはく、悟道是本期。かくのごとくいひて、いたづらに待悟す。しかあれども、佛祖の光明にてらされざるがごとし。ただ真善知識に參取すべきを、懶惰にして蹉過するなり。古佛の出世にも度脱せざりぬべし。いまの還假悟否の道取は、さとりなしといはず、ありといはず、きたるといはず、かるやいなや、といふ。今時人のさとりはいかにしてさとれるぞ、と道取せんがごとし。たとへば、さとりをう、といはば、ひごろはなかりつるかとおぼゆ。さとりきたれり、といはば、ひごろはそのさとりいづれのところにありけるぞ、とおぼゆ。さとりになれり、といはば、さとり、はじめありとおぼゆ。かくのごとくいはず、かくのごとくならずといへども、さとりのありやうをいふときに、さとりをかるや、とはいふなり。
しかあるを、さとりといふは、第二頭へおつるをいかんがすべき、といひつれば、第二頭もさとりなり、といふなり。第二頭といふは、さとりになりぬる、といひや、さとりをう、といひや、さとりきたれり、といはんがごとし。なりぬ、といふも、きたれり、といふも、さとりなりといふなり。しかあれば、第二頭におつることをいたみながら、第二頭をなからしむるがごとし。さとりのなれらん第二頭は、またまことの第二頭なりともおぼゆ。しかあれば、たとひ第二頭なりとも、たとひ百千頭なりとも、さとりなるべし。第二頭あれば、これよりかみに第一頭のあるをのこせるにはあらぬなり。たとへば、昨日のわれをわれとすれども、昨日はけふを第二人といはんがごとし。而今のさとり、昨日にあらずといはず、いまはじめたるにあらず、かくのごとく參取するなり。しかあれば、大悟頭黑なり、大悟頭白なり。
正法眼蔵大悟
爾時仁治三年壬寅春正月二十八日、住観音導利興聖宝林寺示衆。
而今寛元二年甲辰春正月二十七日、駐錫越宇吉峰古寺而書示於人天大衆。
同二年甲辰春三月二十日、侍越宇吉峰精舎堂奥次書寫之、懐弉。“
「京兆(現在の陝西省西安市)におられた米胡和尚が、ある僧をつかわして仰山禅師に訊ねられた。「今どきの人は、かえって仮の悟りを得るということか、否か」と。
仰山禅師はいわれた。「悟りはたしかに無いわけではないが、その優劣を争うようなことはどうしたものか」と。僧がもどってそのように申し上げると、米胡和尚はこれに深く頷かれた。
ここでいう今どきというのは、それぞれの個々人に現れる今現在ということである。令我念過去未来現在(我に過去現在未来を念ぜしむ。他ならぬ自分自身が感じ取る過去現在未来)が、(時間軸上で)幾千万回あったとしても、(問題となるのは)今どき(のみ)であり、今現在(のみ)である。人の生命存在は、かならず今どき(として問題になるので)ある。(たとえば、)あるいは目(にものがうつる瞬間)を今どきとすることがあるし、あるいは鼻(にものが香る瞬間)を今どきとすることがあるのである。
「かえって仮の悟りを得るのか、否か」。この言葉を冷静に参究して、胸の内にも解きほぐさなければならず、念頭にも解きほぐさなければならない。
この頃の大宋国の僧侶達は、「悟道是本期(悟道はこれ本期なり。悟りに至る道は、この通りただ一筋で間違いない)」という。このようにいって、ただ悟りがおとずれるのを待っている。それなのに、諸仏、祖師方の(受け継がれた智慧の)光明に照らされているようには見えない。ひたすらに真の智慧を得た先達に参学して会得すべきなのに、怠惰で無駄にすごしている。(たとえ)釈尊がこの世に現れても、煩悩をはなれ解脱させることはできないだろう。
ここで、「かえって仮の悟りを得るのか、否か」といわれているのは、悟りが無いといわず、有るといわず、来るといわず、仮に得るかということである。今どきの人の悟りはどのようにして悟られるのかといわれているのである。
たとえば、悟りを得る、といえば平生は悟りは無いものなのかと捉えてしまう。悟りが来た、といえば平生はその悟りはどこにあるのかと考えてしまう。悟りになった、といえば、悟りには発端があるのかと思ってしまう。これらのようにはいえないし、このようではないのだが、悟りの有り様をいう時に、仮に悟るだろうか、とはいえるであろう。
これにたいして、悟りといっているのに、次点の境地に落ちるのはどうだろうか、といわれたなら、次点の境地も悟りである、というのだ。
次点の境地というのは、悟りになった、ということであり、悟りを得た、ということであり、悟りが来た、というようなことである。なった、というのも、来た、というのも悟りであるということになる。
そうでなければ、次点の境地に落ちることを悔やんで、次点の境地は(意味が)無いとするようなものである。(だが、それ自体)悟りである次点の境地は、(それはそれで)また真の次点の境地であると考えられる。そうであれば、たとえ次点の境地であっても、たとえ何百何千も下位の境地であっても、悟りでなければならない。
次点があれば、その上に上位の余地が(続いて)あるということではない。たとえば、昨日の私を私であるとはいうが、昨日からみて今日を次の私とはいわないようなものである。
今この時の悟りは、昨日にはなかったとはいえないし、今に始まったものでもないと、このように参究し会得するのである。
そうであれば、大いなる悟りは(時に)黒くもあり、大いなる悟りは(時に)白くもある(硬直した単一のものではない)のである。
正法眼蔵 大悟の巻
仁治3年(1242年)1月28日、観音導利興聖宝林寺に在る時、大衆に示した。
寛元2年(1243年)1月27日、越前の吉峰寺において広く大衆に書き示した。
同年3月20日、吉峰寺にて懐弉がこれを書き写した。」
-- 私訳 正法眼蔵・大悟(終) --